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横浜地方裁判所 昭和48年(タ)151号 判決

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 田中和

同 西山鈴子

右訴訟復代理人弁護士 武藤一駿

被告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 山口博

主文

原告と被告とを離婚する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告

主文と同旨

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原被告は昭和四三年二月五日婚姻の届出をした夫婦である。

2  婚姻後、原告は誠意を尽くして幸福な結婚生活を続けられるように努力し、住居の選定(被告の希望で同居中五回転居)、茶道、華道、和洋裁等の稽古事の習得等常に被告の要望に従い、又家事処理について被告は万事不得手であったが、原告は何事も黙認し、円満な生活を望んで暮してきた。ところが被告は我意が強く、原告の仕事上の友人の訪問も歓迎しないなど気ままの仕放題をし、遂には昭和四七年三月二〇日頃病気を口実に実家に帰り、原告がもし病気ならば原告宅から通院して療養をするように言って同居を求めたが、格別の理由なく同居を拒否した。そのうえ、原告及び原告の母が被告方に見舞に行った際、被告及び被告の父から「お前の所は金があるから別荘や療養所の一軒位建ててやったらどうか」「前年死産したのは原告の母から妊娠中は身体を動かした方がお産のために良いといわれ、家事をなしたからこのようになった。貴方の母親は殺人者だ」等と暴言された。これらにより原被告の婚姻関係は完全に破綻してしまった。

3  右は民法七七〇条一項二号、五号に該当するので原告は被告に対し離婚を求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  同1は認める。

2  同2は争う。原告方は家風に厳しい家庭であり、原告の両親が夫婦間に干渉し、被告に対する注文も多かった(原告主張の稽古事も右両親の指示による)が、被告としてはこれに応えるように努力し、炊事、清掃等の日常家事も一生懸命やってきた。被告は昭和四六年九月妊娠九か月で破水死産し、その後体調が思わしくなく、昭和四七年二月〇〇〇クリニックで診断を受け通院したが、適格な治療が得られず体調も回復しないので、原告や原告の母にもっと大きな病院でみてもらいたいと頼んだが、原告の母は「なまけ病だ」と言ってとり合わず、原告も母に同調して被告をいたわろうとしなかった。そこで被告は被告の母に相談するため同年四月実家に帰り、実家の近くの病院で診てもらったところ、大変悪い状態であると言われ、原告方では療養させてくれるあてがなかったのでやむなく実家に留まり、通院、療養をしていたのである。被告としては健康が回復してから原告方に戻るつもりだったが、原告からこれを拒否されたものであって、その責任は夫として被告をいたわりかばわず全く無理解な原告にある。

第三立証≪省略≫

理由

一  ≪証拠省略≫によれば請求原因1の事実が認められる。

二  ≪証拠省略≫を総合すると、原告と被告は、原告の父が同人らの結婚に反対していたため結婚式を挙げないで密かに新婚旅行をすませて結婚生活を始め、住居を二、三度変えたのち、同年一二月頃から原告の父方で二階を原告の両親、一階を原告らが使用することにして原告の両親と同居したこと、右同居中家事等は原告の母が主としてしていたため、被告はあまりこれをする必要がなく、茶道、華道、和洋裁等の稽古事の習得に熱中したり、原告の母とデパート等にしばしば出かけ買物を楽しんだり、又原告の父からの金銭的援助もあり、何一つ不自由のない恵まれた生活を送っていたこと、しかし被告は勝気で我が強く、少くとも月に二、三回は些細なことで泣き、不平不満の心で生活していたこと、原告は親の反対を無視して結婚した手前被告と言い争うことをせず一応夫婦として平穏が保たれていたこと、被告は昭和四六年九月破水して死産したこと、被告はそれ以来死産したのは医師の責任であるとか、原告の母が妊娠中は体を動かした方がよいと言ったので体を動かしたためであると全く根拠がないのにそう思い込み、同人らを責め続け、毎日のように泣いて暮すようになったこと、被告は昭和四七年二月身体の具合が悪いといって原告方の近くの病院で診てもらい、特に異状はなかったが、死産後の体の状態が十分回復していなかったためしばらく通院したこと、しかし被告は実家の近くの病院で診てもらいたいと強く希望したため、原告は同年三月二〇日被告が実家に帰ることを了承したこと、原告はその後二、三日おき位に五、六回被告の実家に行って被告を見舞ったが、その都度被告の両親はこもごも「被告の体が悪くなったのは原告の母のせいだ、別荘でも建てろ。」「結婚しないでいたら学校の先生になれたのにどうしてくれる。」以前原告が被告を殴打したことに関し「民事訴訟を起す」等と罵詈雑言し、被告もこれに同調したこと、原告は被告の生活費として被告の求めに応じ三、四月分の給料と預金通帳を渡したこと、原告は前記二月医師から被告の体の症状を聞いても又被告の様子をみても特別に体が悪いようにみえなかったので、被告に対し大きな病院に行きたいのであれば原告方の近くにもあるので原告方に帰るように促したが、被告は実家がよいと言って原告方に戻ろうとしなかったこと、しかして同年五月頃原告は被告に対する愛情を全く失い被告との共同生活はもはや不可能であるとして離婚を固く決意したこと、原告と被告の各両親は被告の父が原告の父に対し被告が新婚旅行に行ったことを知りながら「娘が行方不明になった。どうしてくれる。」と脅したこともあって会って話し合ったことが全くないこと、被告が実家に帰ってから被告の父は電話で原告の父に対し「療養所の代りのものを作ったらどうだ。」と言って、被告のために家を建てるように要求したこと、原告及び原告の母は被告が大きな病院に通院することを断ったことは全くなく、原告方でも十分療養することができたこと、被告は原告から離婚の意思が表明されるまで健康が回復したら原告方に帰ることを原告に伝えたことはないこと、以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右事実によれば、被告は昭和四七年三月二〇日頃病気治療のため実家に帰り、その後原告の求めを無視して原告方に戻らなかったけれども、その間は約二か月位であり、原告との共同生活を廃止する意思があったとは認められないから、被告の右所為が原告を悪意で遺棄した場合に該当しないことは明らかである。

しかしながら、前記認定のように、被告は何一つ不自由なく、又稽古事等に熱中できる等自由な生活が許されながら、原告及び原告の両親に対する感謝の気持は全くなく、かえって被告は死産したのは原告の母親が体を動かせた方がよいと言ったためであるとし、又被告はその事実がないのに原告らは被告に安心して大きな病院に通院させてくれないとして原告らに対し不平を持ち、さらに被告の両親及び被告が前記認定のように原告を罵詈雑言したのに、原告らに対し謝罪する意思が全くなく、被告は原告らを責めるのみで自己を反省しようとは全くせず、これらにより原告は右のような被告と共同生活をすることが不可能となり、原被告間の婚姻関係は回復しがたいまでに破綻したということができ、右に至った責任は原告側にないことは明らかであり、それに原被告双方の年令、婚姻継続期間、子供はいないこと及び前記認定事実を考慮すれば、原告には婚姻を継続しがたい重大な事由があるということができる。

三  よって原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉岡浩)

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